「熱中症は“体が熱を逃がせなくなった状態”なんです。」
そう語るのは、救急医として40年以上の現場経験を持つ、一般社団法人臨床教育開発推進機構理事・元帝京大学医学部救急医学科教授の三宅康史先生だ。
脳卒中や心筋梗塞などの重症救命に携わってきた中で、「熱中症」という病気の特異さに気づいたという。
「内科でも外科でもない、誰も専門としていない病気だったんです。救命の現場で多くの人が倒れて運ばれてくるのに、体系的に診ている人がいなかった。」
2006年、日本救急医学会に『熱中症に関する委員会』が設立され、医療としての体系がようやく整い始めた。「熱中症」という言葉が社会に定着して、まだわずか20年ほどしか経っていない。
熱中症の本当の怖さは「脳が壊れる」こと
体温が37℃を超えても、人の体は本来、汗と血流によって熱を逃がす仕組みを備えている。
しかし、強い日射や高湿度、過度な運動などで体の放熱機能が追いつかなくなると、脳・肝臓・腎臓などの臓器が高温にさらされ、機能が低下する。
中でも、最も影響を受けやすいのは「脳」だ。
「脳は熱に一番弱い。パソコンと同じで、熱を持つと壊れてしまうんです。肝臓や腎臓は時間をかけて回復できますが、脳は戻らない。」
「ふらつく」「返事が遅い」など、わずかな変化も見逃さないことが大切だという。 特に高齢者や独居世帯では、周囲の「声かけ」が生死を分けることもある。
命を救う4原則「FIRE」
三宅先生が提唱する応急対応の基本は「FIRE」だ。
FIRE=Fluid(水分)/Ice(冷やす)/Rest(休ませる)/Emergency call(救急要請)
まずは声をかけ、意識があるかを確認する。
意識がない場合は脳への障害が始まっている可能性が高く、すぐに119番通報をすべきだ。
意識がある場合でも、風通しの良い場所に避難させ、衣服をゆるめて汗を乾かしやすくする。
患者本人にペットボトル(冷えた水やスポーツドリンク)を渡して、ふたを開けてむせずにシッカリ飲めるかどうかが判断の目安だ。
冷たい飲料を本人の手で少しずつ飲んでもらい、20分見守っても改善しない場合は救急要請をためらわない。 「迷ったら“冷やす・休ませる・呼ぶ”。この3つを同時に進めるだけで、救える命があります。」
春の体は“冬仕様”──4月から始まるリスク
意外にも、重症化しやすい時期は真夏だけではない。
春の気温上昇期(4〜5月)は、体がまだ“暑さに慣れていない状態”=「暑熱順化」が不十分だという。
「冬の体は血管が締まっていて、皮下脂肪も増えています。だから急に暑くなると、体の熱が逃げにくい。4月の暑さこそ危険なんです。」
気温だけでなく、湿度の高さも重要な要因。 屋外だけでなく、風の通らない室内や車内でも発症する危険がある。
“気化熱”を利用した空調服🄬は、合理的な放熱装置
三宅先生は、現場で使われている空調服🄬についても高く評価している。
「体表の汗を風で乾かす」という気化熱の原理を応用した、極めて合理的な仕組みだからだ。 「人間の体は汗を乾かすときに熱を奪います。空調服🄬はその自然な放熱機能を補助する装置。両手が自由で、長時間使えて、安全性も高い。現場で作業されている皆さんがほぼ全員と言ってよいほど使っている姿を見ると、今後、個人利用にも広がっていくでしょう。」
声かけが社会を救う
医療の現場では、家の中でエアコンを使わずに倒れて救急車で搬送される高齢者が圧倒的に多いという。
背景には、経済的理由、孤立、疾患など複合的な要因がある。
だからこそ、身近な「声かけ」が命を救う第一歩だと、三宅先生は強調する。
「“まさか自分が熱中症になるなんて”と思っている人が一番危ない。家族でも近所でも、ひと声かける。それだけで違うんです。」
のど元過ぎれば熱中症忘れる
「熱中症対策は、夏だけのものではない」と三宅先生は繰り返す。
春から秋まで、体調の変化を意識し、社会全体で声をかけ合う。
その積み重ねこそが、年々重症化率を下げている最大の理由だ。
「秋になれば誰も熱中症の話をしなくなる。でも、忘れた頃にまた夏は来ます。だから、毎年春に“思い出す”ことが大事なんです。」
熱中症は、“特別な人”の病気ではない。
体が熱を逃がせなくなれば、誰にでも起こる。 季節のはじまりに思い出すこと、それが最も確実な予防策だ。




